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少額短期保険のソルベンシー・マージン比率

 少額短期保険会社のソルベンシー・マージン比率は、どの程度の水準を確保していれば十分といえるのだろうか。こういう疑問を抱く業界関係者は多いはずだ。実際、私も何度かそういう問い掛けをされたことがある。そして、この問いに対し簡潔な回答をもって対応できないことを、毎回もどかしく思うのである。
 ソルベンシー・マージン比率という指標は、平成8年の保険業法改正で導入され、平成11年以降は監督官庁による早期是正措置発動のための指標として用いられることになったものだ。平成5、6年ごろのことだからもう15年も前の話になるが、監督当局主導で保険業界へのソルベンシー・マージン基準導入が検討されていたとき、実は私も保険会社サイドからその検討に関与していた。当時、生命保険会社の資産運用部門にいた関係で、比率算出の分母となるリスク量についての検討が主な役割だったが、アクチュアリーとしては基準の全体像に関心を持って検討経過をウォッチしていたものだ。
そんな関係で、ソルベンシー・マージン基準に関しては、15年たった今もかすかな責任のようなものを感じていて、基準の不備や問題点、あるいは冒頭の問い掛けのように適正水準についての議論などに接すると、簡潔な回答を持ち合わせていないことを責められているような感覚にとらわれるのを禁じ得ないのだ。
そして今ここで、ソルベンシー・マージン比率について取り上げるのは、正直にいえば、適正水準なるものがないためにその質問に答えられない、という趣旨の言い訳をしたいためだ。この点に関し、具体的な数値としての適正水準を知りたい方には、お役に立てないことをあらかじめお断りさせていただくので、ご容赦いただければと思う。
 
では、なぜ適正水準がないのだろうか。その第一の理由は、リスク量の計算方法に政策的な裁量を介在させたために、計算結果のリスク量がいったいどういう量を表したものなのか、明瞭性を欠く結果となってしまったという点にある。
ソルベンシー・マージン比率の分母に当たるリスク量は、簡単にいえば損失の見積もり額である。そして、リスクの種類ごとに政策的な裁量を働かせた結果、10年に一度の確率で発生する損失と100年に一度の確率で発生する損失とを合算するようなことをせざるを得なくなってしまった。そこには、リスク量そのものが大きくなり過ぎないようにするための現実的な配慮と判断とが存在している。
ソルベンシー・マージン比率は監督規制として利用されるのが前提となっていることから、そのハードルがあまりにも高すぎると、各社の財源準備が難しかったり、保険会社のリスク削減行動が市場に及ぼす影響を看過できないなどの問題が起こってくる。そうした心配をしないといけないために、理論的な整合性はさておき、現実的な配慮を優先せざるを得なかった結果、今のソルベンシー・マージン比率規制があるとも言えるのである。そしてその当然の帰結として、リスク量の意味するところに関し明瞭性が低下したのだ。
ソルベンシー・マージン比率の計算に政策的な裁量を介在させた結果、現実的な制度としてスタートを切ってすでに15年を経過することとなったが、その裁量が特定の会社にとっては甘過ぎるリスク評価を正当化させる結果となっていることも忘れてはならない。
見積もった損失発生がどの程度の確率で起こり得るのかを表現するために、「信頼水準」という概念が用いられる。理論的には、全ての種類のリスクについて同程度の信頼水準を設定した上で、リスクが顕在化したときの損失額を見積もるべきである。そして、信頼水準を高く設定して算出したリスク量を基準に、各社がそれをカバーするための財源準備を行うこととすれば、経営破たんの可能性は低下すると考えられる。また、早期警戒措置としての規制が有効に機能することも期待できるだろう。しかし、信頼水準が高いということは、損失額をより大きく、安全目に見積もるということにほかならない。そうなると、規制に対応することに著しい困難が生じてしまう会社が出てくるのだ。そこに、理屈上の整合性を追い切れず、現実的な妥協を優先せざるを得ない原因がある。
その結果、ソルベンシー・マージン比率が500%を超えていた生保が、翌年には破たんしてしまうというような事例が実際に起こってしまうのだ。これは明らかに、現在の規制において定められたリスク量が、その会社のリスク評価としては甘過ぎたということを意味している。この意味で、リスク量の全額をカバーする比率としての200%を超えていても、1年後に破たんがないとは誰にも言えないわけで、何%あれば安心などという水準を、少なくとも全ての保険会社に適用可能な形で明言することが難しいのだ。
ソルベンシー・マージン比率の適正水準を示せないもう一つの理由は、保険業法の改正により事業を開始して間もない少額短期保険会社特有の事情にある。少短会社の場合、ソルベンシー・マージン比率の低下の多くが、事業計画の未達により固定費負担をカバーできなくて資本を毀損した結果起こっているのだ。比率計算の分子になるソルベンシー・マージンは、予期できぬ損失発生に対応するためのバッファー財源であって、事業計画の未達を担保するものではない。あわせて少短会社は保険業法上の制約からリスク量そのものが少ない構造になっているので、ソルベンシー・マージン比率の分子に影響を与える単年度損失が、分母のリスク量に比し相対的に大きい。そのため、単年度でも比率を大幅に低下させてしまう結果を招いているのだ。
資本の部の減少が経常赤字の結果だとすれば、その状態が継続する限りソルベンシー・マージン比率は低下し続ける。その意味で、現在どれほど比率が高くても、適正水準にあると言うことはできないのであり、業績が安定し収支が改善するまでの間、持ちこたえられるかどうかが重要になってくる。ソルベンシー・マージン比率については、単年度の経常赤字の多寡によっても影響度合いが異なるので、今後の事業計画の達成可能性を冷静に分析した上で、資本維持のための対策を考える必要があるのだ。
 
ここまで読んで頂いた方なら、少短会社においては、現在のソルベンシー・マージン比率はリスク管理の指標として十分なものだとは言えず、その適正水準なるものを明示することが難しいということだけはご理解いただけたのではないかと思う。その意味で、とりあえずこの文章の所期の目的は何とか果たし得たのではないだろうか。
なお、蛇足ながら、誤解を防ぐために一言だけ付け加えておく。私はソルベンシー・マージン比率の適正水準はないと言ったのであって、ソルベンシー・マージン比率を気にしないでも良いと言うつもりも意図も全くない。むしろ、少短各社の経営陣に対しては、ソルベンシー・マージン比率だけを気にしていたのでは手遅れになる可能性があるということを、認識して頂きたいのだ。そして、事業計画の前提が狂った場合の収支予測等を吟味し、計画を実現させるための課題解決に全力を投入することが重要だと思うのである。その上で、現在のソルベンシー・マージン比率の水準にかかわらず、適宜、資本増強その他の対応を考える必要があるということは、追記しておくべきだろう。
監督官庁は、現行のソルベンシー・マージン比率は保険会社向けに作った指標であって、少短会社にはそれをそのまま流用しているに過ぎないのだから、必ずしも適したものでないということはわかっていると思う。だから、少短会社の実態に即した指標のあり方が議論される日がいずれ来るだろう。それまでは、現実的なリスク管理の視点から、監督官庁においても各社の事業計画や収支見込みの内容について、より関心を深めて頂ければ良いのではないかと思うのである。

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